世界遺産 ゲディの歴史都市と考古遺跡

ゲディの歴史都市と考古遺跡について

ケニア共和国の東部沿岸、インド洋に近いキリフィ郡の森林地帯に位置する。13世紀から17世紀にかけて繁栄したスワヒリ文明を代表する都市遺跡である。その極めて良好な保存状態と、かつてのインド洋貿易の複雑なネットワークを示す考古学的価値が認められ登録となった。

スワヒリ文明の洗練された都市計画
ゲディは、サンゴ石(コーラル・ストーン)を主要な建築資材として使用した、スワヒリ都市の優れた設計例である。遺跡内には、広大な大モスク(グレート・モスク)、王宮、そして「柱の墓(ピラー・トーム)」と呼ばれる独特の装飾を施した墓群が立ち並んでいる。都市は内側と外側の二重の城壁によって防衛されており、内部には整然とした街路、住宅区画、公共広場が配置されていた。当時の都市工学の高さを示す物証として、世界的に見ても貴重な遺構である。

高度な衛生設備と水利システム
特筆すべきは、13世紀当時としては驚異的な水利・衛生システムである。ゲディの住宅地には、深い井戸から水を汲み上げる仕組みに加え、各家庭に水洗式に近いトイレや、精緻に設計された排水溝が完備されていた。これらは当時の人々の高度な生活水準と、イスラム教の礼拝に欠かせない「清浄(ウドゥ)」を重視する宗教的背景が融合した結果であり、東アフリカ沿岸部における建築技術の頂点を示すものである。

インド洋貿易を物語る国際色豊かな出土品
ゲディは海から数キロ内陸にあるが、インド洋の海流を利用した貿易ネットワークのハブとして機能していた。発掘調査では、中国の明代の磁器、ベネチアのガラス、インドのビーズ、ペルシャの陶器など、世界各地からの交易品が多数出土している。これは、アフリカ大陸の内部資源(象牙や金など)と、アジアやヨーロッパの文物がこの都市を介して交換されていたことを証明しており、大航海時代以前の国際交流の広がりを如実に物語っている。

未解決の放棄という謎
ゲディは17世紀前半に突如として放棄されたが、その決定的な理由は未だ解明されていない。敵対勢力の侵入、水源の枯渇、あるいはペストなどの疫病の流行といった諸説があるが、都市が破壊された形跡はなく、人々が静かに去っていったかのような状態で残されている。その後、熱帯の森(アラブコ・ソコケ森林)に飲み込まれたことで皮肉にも保存が進み、今日では「失われた都市」として、アフリカ沿岸部の歴史のミステリーを伝える舞台となっている。

世界遺産としての顕著な普遍的価値
この遺跡は、スワヒリ文化が単なる外部からの移植ではなく、現地のアフリカの伝統とイスラム文化、そしてインド洋諸国の影響が融合して生まれた独自の文明であることを示している。2024年の登録においては、東アフリカの歴史的アイデンティティを形成した都市化プロセスと、当時の国際社会におけるアフリカの重要性を証明する「生きた証拠」として高く評価された。

概要

登録国 ケニア
登録年 2024年
登録基準 (ii)(iii)(iv)
分類 文化遺産
その他の特徴 古代都市

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