佐渡島の金山

佐渡島の金山について

英名:Sado Island Gold Mines

佐渡島の金山(さどのきんざん)は、2024年7月、インドのニューデリーで開催された第46回世界遺産委員会において、日本で26件目の世界遺産として登録された。対象は、新潟県佐渡市に位置する「西三川砂金山」「相川鶴子金銀山」からなる構成資産群である。

この遺産が持つ顕著な普遍的価値は、「機械化が導入される以前の時代(江戸時代)において、世界最高水準に達した手工業による金生産システム」にある。 16世紀から19世紀半ばにかけ、世界の金山が西洋技術によって急速に機械化されていく中、鎖国下の日本では、伝統的な手工業技術(測量、排水、精錬)が極限まで洗練された。純粋な手作業のみで、世界最大級の産出量と品質を維持し続けたその稀有な産業システムが、人類史における特筆すべき証拠として認められたのである。

歴史的背景:徳川幕府の財政基盤
1601年の相川金銀山の発見以降、佐渡は江戸幕府の直轄地(天領)となり、小判の製造までを一貫して行うなど、幕府の財政を強力に支え続けた。 最盛期の17世紀前半には、世界の金産出量の重要な割合を占めたとも言われ、マルコ・ポーロが『東方見聞録』で記した「黄金の国ジパング」の伝説を、近世において実体化させた場所とも言える。

登録までの複雑な経緯と外交的決着
本遺産の登録プロセスは、国内選考から国際審議に至るまで、極めて困難かつ政治的な調整を要する道のりであった。

【国内選考とコンセプトの転換】 2010年にユネスコの暫定リストに記載されて以来、長らく推薦が見送られてきた。当初は明治以降の近代化遺産も含んでいたが、西洋の技術導入(産業革命)との差別化が難しく、また「富岡製糸場」や「明治日本の産業革命遺産」との重複を避けるため、「江戸時代(1603年〜1867年)」に対象期間を絞るという大胆な戦略転換を行った。これにより「日本独自の伝統技術の到達点」という価値が明確化された。

【ICOMOSによる「情報照会」勧告】 2024年6月、ユネスコの諮問機関ICOMOSは、一部の構成資産(近代以降の開発跡)が江戸時代の景観と視覚的に干渉しているとして、「情報照会(Referral)」という、登録の一歩手前の勧告を出した。これに対し日本政府は、緩衝地帯(バッファーゾーン)の調整等を迅速に行い、本審査での逆転登録を目指した。

【日韓の外交交渉と「全体の歴史」】 最大の懸案は、第二次世界大戦中における朝鮮半島出身者の労働問題であった。韓国側は「強制労働の歴史が反映されていない」として強く反発した。 これに対し、日本側は「世界遺産の価値はあくまで江戸時代の技術にある」としつつも、「遺産の説明においては、戦時期を含む『全体の歴史(Full History)』を包括的に扱う」ことで合意した。具体的には、現地展示施設において朝鮮半島出身労働者の過酷な労働環境に触れることや、全ての労働者のための追悼式を毎年開催すること等を約束し、最終的に韓国もコンセンサスに加わる形で全会一致での登録が実現した。

総括
佐渡島の金山は、江戸時代の技術的偉業を伝える文化遺産であると同時に、近現代の負の歴史とも向き合い、それを乗り越えて国際的な合意形成を果たした「対話と解決の遺産」としての側面も併せ持つことになった。今後は、観光客への価値伝達と、開発圧力からの景観保護の両立が課題となる。

西三川砂金山

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英名:Nishimikawa Placer Gold Mine

【解説】 佐渡島内で最も古い歴史を持つ金山で、平安時代の『今昔物語集』に記述が見られる金山はこの地域と推定される。ここでは金鉱脈を掘るのではなく、山を崩して土砂を水路に流し込み、金の比重を利用して選別する「砂金掘り」が行われた。

特に、山の斜面に水路を張り巡らせて一気に土砂を押し流す「大流し」という独特の採掘法が開発された。現在も、人為的に削られた山の地形や、水路跡、そして採掘に従事した人々が暮らした集落の...
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相川鶴子金銀山 - 相川金銀山エリア

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英名:Aikawa-Tsurushi Gold and Silver Mine - Aikawa area
一般に「佐渡金山」と言った場合に想起される中心地。1601年の発見以来、江戸幕府の財政を支えた国内最大級の金銀山である。最大の特徴は、地表に露出した巨大な鉱脈を掘り進んだ結果、山がV字に割れたような姿となった「道遊の割戸(どうゆうのわれと)」である。

地下深くへ掘り進むにつれて増大する湧水を処理するため、手動ポンプ(水上輪)や、数キロに及ぶ排水トンネル(南沢疎水坑など)といった、当時の日本の...
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相川鶴子金銀山 - 鶴子銀山エリア

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英名:Aikawa-Tsurushi Gold and Silver Mine - Tsurushi area
相川金銀山の発見より早い戦国時代末期(1542年頃)に発見された銀山。相川の北東約3kmに位置する。ここは、西三川のような砂金採りから、地中の鉱脈を追う「坑道掘り」へと技術が転換した画期的な場所である。

ここで確立された採掘技術や経営手法が、その後の相川金銀山の開発にそのまま移植・応用されたため、いわば相川の技術的ルーツといえる存在だ。露天掘りの跡や、初期の坑道跡(間歩)が森の中に静かに残っ...
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概要

登録国 日本
登録年 2024年
登録基準 (iv)
分類 文化遺産
その他の特徴 鉱山

地図

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